義父の死②

あれから義母だけ病院に残ってもらい

夫と二人で一旦家に帰った

洗濯物を取り入れながら

ふと現実なのか・・・よくわからない感情になった

その後夫と学校から帰ってくる長女・長男を迎えに行き

保育園に次女を迎えに行った

いつも平日家にいないパパが迎えに来るなんて

びっくりな子供たち

「なんでパパがいるの?嬉しい!!」

キャッキャを喜ぶ長男と次女とは対照的に

長女は何かを感じていた

「なんかあったの?いい知らせ?悪い知らせ?」

夫は涙目になりながら、家に帰り

子供たちを集めて言った

「突然なんやけど、おじいちゃんがね、死んじゃったんや。

お昼にね。倒れてね。

それで今病院にいるから、みんなで行くからね。」

3人ともそれぞれの受け止め方で、その言葉を聞いていた。

長女は「なんで死んじゃったの?いややぁ!」と号泣した

長男は涙をこらえているような、泣きたいのに泣けないような感じで黙っていた

次女は号泣するお姉ちゃんをマネするみたいに、ただただ泣いていた

夫もそんな子供たちの姿を見て、泣いていた

やっと少し夫が泣いて、私はホッとした

身内がいなくなるほどショックなことはない

実父の時もそうだった

でも正直受け止めるまで時間がかかった

亡くなってすぐにいろいろしないといけないことが多すぎて

悲しむ余裕がなくて

現実に起こっているのかよくわからない感覚だった

夫も突然で、現実を受け止められないんじゃないのかな

だからこそ、子供たちの前で泣けたことは

少し受け止められた証拠のように思えた

その後は葬儀場を決めて

いろいろ手続きや親戚への連絡など

義母と夫と3人で何とかやりこなし

お通夜・告別式を終えた・・・。

怒濤のように月日が過ぎ去って

でもいつものように義父が使っていた

タバコの吸い殻入れが置いてあった

燃えるゴミの日

そのタバコの最後のゴミを

私は捨てれなかった・・・

ふっとニコニコ笑顔で

いつもの部屋から出てくるような

そんな感じがした

一緒に住んで約10年

思い出はたくさんありすぎて

辛くなることもあるけれど

子供たちが明るく

「おじいちゃん、○○なこと言ってたね!」

「おじいちゃんとここで散歩したよ。」

「おじいちゃん、お空でママのおじいちゃんとお酒飲んでるかな。柊ちゃんと遊んでくれてるかな。」

そんな言葉で義母も私もとても癒された

突然の大切な人の死を経験して思ったこと

災害もそうだけど

いつ、どうなってもおかしくない

いつも1日1日を大事にしていかないといけない

ついつい「いつもの明日」が待っていると思ってしまう

その日伝えたい言葉はその日に伝えないといけない

そんなことを考えるようになって

夫にも少し優しくなれた自分がいた

後悔しないように

気持ちをできるだけ伝えていこう

そう思った・・・

ブログランキング・にほんブログ村へ
友だち追加